| フィレンツェ |
Firenze
美術館 |
Region: TOSCANA
Province code: FI
Zip code: 50100
Phone area code: 055
Distance from ROMA 274 Km / 170 Miles
Elevation: 50 mt / 164 feet
Tourist Office
Address: Via Manzoni, 16
Phone: 055-23320 |
| 写真集 |

ウッフィツィ美術館入り口

ヴァザーリの廊下

ウッフィツィ美術館から観た
ヴェッキオ宮殿

ウッフィツィ美術館のバール

アカデミア美術館に並ぶ人々

アカデミア美術館出口

ピッティ宮殿

パラティーナ美術館入り口
 パラティーナ美術館公衆トイレ

ピッティ宮殿前
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フィレンツェの美術館
この写真は 2003 年 8 月、フィレンツェの Galleria degli Uffizi
(ウッフィツィ美術館)をアルノ川対岸から幸が撮ったものです。 |
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MUSEI A FIRENZE
◎フィレンツェの美術館 |
フィレンツェの美術館はとてもたくさんあります。でも、私は絵を描くわけでもないし、特に絵を観るのが好きというわけでもないので、それらを片っ端から巡ろうという気にはなれません。美術の教科書に出てくるような有名な絵や彫刻は生で観てみたい!というミーハー心から、イタリアの旅行案内に星が三つ付いていた、ウッフィツィ美術館 Galleria degli Uffizi とアカデミア美術館 Galleria dell'Accademia とパラティーナ美術館 Galleria Palatina を訪れました。
美術館に入ると、鑑賞前に必ずブックショップでガイドブックを買います。音声ガイドはたくさんの人が使っていて、潔癖症というわけではないのですが、なんとなく借りるのがイヤです。芸術のことは訳分からないので、一番親しみのある言語、日本語のガイドブックを購入します。世界で日本でしか話されていない日本語のガイドブックがちゃんと売られているなんて、日本人ってスゴイなぁと思います。経済力が衰えて、いつか日本語のガイドブックが売られなくなる時が来たら、悲しいなぁ。
ウッフィツィ美術館☆☆☆
フィレンツェの美術館といえば、2つの翼廊を持つU字型のウッフィツィ美術館。『 眺めのいい部屋 (1986) A ROOM WITH A VIEW 』や『 踊れトスカーナ! (1996) IL CICLONE (原題)
/ THE CYCLONE (英題) 』にも出てくるあのウッフィツィ美術館です。メディチ家のコジモ一世 Cosimo I de'
Medici ( 1519-1574 )の要請により、トスカーナ大公国の行政・司法オフィスとして
16 世紀にジョルジョ・ヴァザーリ Giorgio Vasari
( 1511-1574 )によって建設されたのが始まりです。コジモ一世は、仕事場であるウッフィツィからヴェッキオ橋
Ponte Vecchio の上を通って、住まいのピッティ宮殿
Palazzo Pitti に繋がる廊下をヴァザーリに作らせました。ヴァザーリの廊下
Corridoio Vasariano と呼ばれる階上の廊下を渡るには、少なくとも一日前には予約を入れなければなりません。しかし
2003 年の予約はもう一杯だそうです。( 2003
年 11 月現在)
事務所という意味のオフィス office は、イタリア語でウッフィーチョ
ufficio と言います。世界でも有数のコレクションを誇るウッフィツィ美術館の名前の由来です。イタリア語の表記的にはウッフィツィという発音ですが、日本語の公認ガイドブックでは、ウフィッツィという表記になっています。美術館としては、コジモ一世の息子であるフランチェスコ一世
Francesco I ( 1541-1587 )が 1581 年頃にウッフィツィの最上階を画廊に改造させたのがその起源のようです。現在は、二階が素描版画展示室や図書館、三階が画廊となっています。
ウッフィツィ美術館三階の画廊(ギャラリー)に行くと、U字型の廊下の天井にあるグロテスク装飾に「へぇ〜!」と感嘆。そしてその天井のすぐ下の壁には、ずらりと並ぶ肖像画。どれもスゴイ価値のあるものなんだろうけど、いっぱいありすぎてそんなに真剣に観ていられません。第一廊下、第三廊下沿いに
45 室の展示室があります。出口に繋がる階段が第三廊下側の第
36-37 室にあるのですが、第 43-45 室がちょっと離れていることもあって、第
42 室までを観て帰ってしまう外国人観光客をチョコチョコ見ました。
ウッフィツィ美術館の第 8 室はリッピ親子(イタリアの画家。父フィリッポ・リッピ
Fra Filippo Lippi 〔 1406-1469 〕は、修道士でありながら奔放な一生を送り、現世的情緒をたたえた宗教画を描いた。息子フィリッピーノ
Filippino 〔 1457-1504 〕も宗教画を残した。)、第
10〜14 室はボッティチェリ Sandro Botticelli
( 1444頃-1510 :イタリアの画家。フィレンツェ派初期ルネサンスに活躍。)、第
15 室は レオナルド Leonardo da Vinci ( 1452-1519
:イタリア・ルネサンスの代表的芸術家・科学者。絵画や彫刻、また近代科学の先駆者として実証的な諸研究など、多面的な創造力を発揮したルネサンスの巨匠。)、第
25 室はミケランジェロ Michelangelo Buonarroti
( 1475-1564 :イタリア盛期ルネサンスの彫刻家・画家・建築家。ドナテロ・クエルチアらの彫刻を学び、人文主義的教養をもつ。)、第
26 室はラファエロ Raffaello Sanzio ( 1483-1520
: イタリアの画家・建築家。盛期ルネサンスの古典主義様式を確立した。)、第
41 室はルーベンス Peter Paul Rubens ( 1577-1640
:フランドルの画家。豊麗な色彩、壮大な画風のバロック様式の代表的画家。)等と、
45 室の展示室は系統的に整備されている上、パリのルーヴル美術館のように大きすぎないし、鑑賞し易い美術館です。
フィリポ・リッピの「聖母子と二天使 Madonna
col Bambino e due angeli 」( 1465 年頃)、ボッティチェリの「春
La Primavera 」( 1482 年頃)や「ヴィーナス誕生
La Nascita di Venere 」( 1484 年頃)、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知
L'Annunciazione 」( 1475-1480 )、ラファエロの「ヒワの聖母
Madonna del Cardellino 」( 1505-1506 )、ティツィアーノ
Tiziano Vecellio ( 1488-1567 )の「ウルビーノのヴィーナス
Venere di Urbino 」( 1538 )、メディチ家のヴィーナス等、超有名な絵や彫刻が観られてよかったと思いました。
ウッフィツィ美術館の第一・三廊下の間にある第二廊下の窓から見えるアルノ川やヴェキオ橋などの左岸の景色や、ヴェッキオ宮殿方向の景色は、美術館に展示されている絵画と同じくらい美しいです。美術館内ではもちろんカメラ撮影は禁止なのですが、絵を写すわけではないからイイかなと思い、その景色をカメラに納めてしまいました。お昼近くになり、お腹が減ってきたので、第三廊下奥にあるバールでピザとスプレムータ・ダランチャ(オレンジのフレッシュ・ジュース)をオーダー。そのお高い値段に驚きましたが、もっと驚いたのはオープンカフェにやって来るスズメの厚かましさです。隣のテーブルのオバサン(どこの国の人かは不明)はほとんどスズメにパンを食べられてしまいました。もしウッフィツィ美術館のバールで何か召し上がることがあれば、スズメに甘い顔をみせてはいけません。
アカデミア美術館☆☆☆
いつも通学に使っていたバス乗り場であるサン・マルコ広場
Piazza S.Marco の近くに、この有名なアカデミア美術館があることを知った時は、フィレンツェという町の歴史的・芸術的遺産の豊富さに妙に感激しました。本当にフィレンツェは京都のような町で、いたる所に名所があります。因みにサン・マルコ広場にあるサン・マルコ美術館
Museo di San Marco も旅行案内で三ツ星の美術館です。しかし、この美術館を訪れる気がしなかったのは、サン・マルコ広場が私にとってあまりにも日常化しすぎてしまったため、その有り難味が希薄になってしまった所為です。ヴェルサイユ宮殿に行ったことが無いと言ったフランス人の気持ちがチョット分かりました。
アカデミア美術館といえば、ミケランジェロのダヴィデ像 Davide
( 1501-1504 頃)。中学生の時、クラスの男の子が歴史の教科書に載っているその写真で女の子たちをからかっていたのを思い出します。何百年も経って、極東にある島国の子供たちにさえ影響を与え続けているミケランジェロは偉大です。その本物のダヴィデ像を初めて目の当たりにして、こんなモノをよく作れたなぁと心の底から感心しました。
4 m 10 p もある巨大な像は、本当に素晴らしかった!宗教画ばかりで辟易するところもあったりするフィレンツェの美術館巡りですが、ルネサンスの遺物であるダヴィデ像に「人間ってスゴイなぁ。」と感動です。
アカデミア美術館は地上階と2階です。地上階を観終わり、表示に導かれるまま歩いていくと出口があるので、2階を観ずに帰ってしまっている外国人観光客を見かけました。もしかしたら知っていて行かなかったのかもしれないけど、観れるところは全部観て帰らないと勿体無い気がします。
パラティーナ美術館☆☆☆
ウッフィツィ美術館とアカデミア美術館は、 2003 年 8 月に、パラティーナ美術館は同年の 11 月に再びフィレンツェを訪れた際に足を運びました。"王宮の美術館"という意味のパラティーナ美術館は、アルノ川南地区のピッティ宮殿2階にあります。フィレンツェの銀行家ルカ・ピッティ
Luca Pitti が依頼し、イタリア・ルネサンスの偉大な建築家ブルネッレスキ
Filippo Brunelleschi ( 1377-1446 )が設計をしたこの大きな宮殿は、完成に4世紀もかかったそうです。
1478 年の"パッツィ家の陰謀"(「フィレンツェ」のレヴュー下部を参照)でピッティは失脚。
1549 年にトスカーナ大公コジモ一世がピッティ宮殿を買い取りました。宮殿の裏側には、コジモ一世の妻エレオノーラ
Eleonora が愛したというボーボリ庭園 Giardino
di Boboli が広がっています。
パラティーナ美術館は、宮殿の中にある美術館だけあって、豪華な感じでよかったです。旅行案内には、"ラファエロ・ファン必見"と書かれていたので、別にファンというわけではないのですが、ラファエロの作品には気が惹かれました。トンド(円形)形式の「聖母子と子どもの洗礼者ヨハネ
Madonna della seggiola 」( 1516 年頃)や、カップルの一対になった各肖像画「アニョロ・ドー二の肖像
Agnolo Doni 」と「マッダレーナ・ストロッツィの肖像
Maddalena 」( 1505-1506 頃)は印象的でした。また、ティツィアーノの「男性の肖像(”灰色の目の男”または”イギリス人”)
L'uomo degli Occhi Grigi 」なんかは、まるで絵の中の人物がそこにいるかのような迫力を感じました。
パラティーナ美術館と同じ二階にあって続きで観ることができる国王夫妻の居室も、とてもキレイでした。案外ベッドや椅子が小さくて、西洋人でも昔の人は小さいのかなぁと思いました。ピッティ宮殿の一階には銀器博物館、三階には近代美術館と衣裳美術館がありますが、各階に行くには別のチケットが必要です。あんまり興味が無いので行きませんでしたが、ボーボリ庭園(これも料金別途)には行ってみたかった。しかし、雨が降ってきそうだったので止めにしました。
11 月のフィレンツェは雨季なので雨が多くて困ります。
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- Firenze Prato Pistoia>へ進みます。
このイラストは、<http://www.sbas.firenze.it/frame-mus.html>
から引用しています。
Musei e Gallerie
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幸田幸
旅行の森てんこ森
coda_sati@hotmail.com |

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